Flute Recital 2022 (interview-II)

清水理恵フルート・リサイタル

~バッハ 無伴奏ヴァイオリン作品とともに vol.3 ドイツへの旅~

INTERVIEW

日本の美意識、モチーフのシーンを体験する音楽

来たる7月31日に開催予定の、「清水理恵フルートリサイタル ~バッハ 無伴奏ヴァイオリン作品とともに vol.3 ドイツへの旅~を前にしてのインタービュー、後半をご覧ください。作曲家で夫でもある清水研作も対談に加わり、リサイタルでも演奏される新作、また作品の世界観についてのトークとなっています。なおインタビューの模様は、動画でもご覧いただけます。

インタビュー前半はこちらから

R:清水理恵 K:清水研作 インタビュア:和泉まどか

――リサイタルは毎回研作さんの新作発表の場でもありますが、今回の『独奏フルートのためのパッサカリア』について作曲家ご自身からご紹介を。


K:バッハの『パッサカリアとフーガ ハ単調』という、私にとってとても印象深いオルガンの曲があるのですが、その曲にインスパイアされた作品です。

大学時代、音楽がどれだけ人の心を打つかということを理解していなかった頃に、当時師事していた林祐子先生(註:サントリーホールの杮落とし公演でパイプオルガンを演奏したオルガン奏者としても知られる)が演奏するこの曲を聴いて「なんて素晴らしい音楽なのだろう」と心が震えたんです。音楽の偉大さに気づかされた瞬間でした。

私にとってターニングポイントになったともいえるこの曲のテーマが、『独奏フルートのためのパッサカリア』には繰り返し何度も現れます。さらに自分のイメージが音空間で動き回る、そんな作品です。テーマが繰り返される部分では、バッハのオリジナルのメロディが流れ、そこに私自身の世界観が混じり合うような……そんな感じでしょうか。

現代(の音楽)は、バッハの時代と非常に共通するものがあると感じています。むしろバッハ以降は、作曲家が“空間”をあまり意識していなかったのではないかと思うんです。バッハの音楽は、テーマや音域が空間上に広がることが考慮されている。それが今でも多くの作曲家にとってとても重要な要素になっていて、この曲の中でもその部分が曲想となって現れています。

――研作さんの作品について、理恵さんがその世界観に感じることとは?


R:初めて彼の曲を演奏したのは、まだ出会って間もない学生の頃でした。アメリカ人のフルーティストが初演してくれたフルートソロの曲を、日本人が吹いたらどんな感じになるか知りたいので演奏してもらえませんか、と声を掛けられて。それが清水研作作品との出会いでもありました。

私は学生時代は野口龍先生に師事していたのですが、野口先生はたくさんの邦人作品を初演されてきただけに、とても作品への理解が深い演奏家でした。先生の演奏にずっと触れてきたこともあり、私にとっても邦人作品はとても馴染み深い音楽で。そんな中で出会った清水研作作品を演奏してきて感じるのは、モチーフになっているシーンが吹きながら自分の中に浮かんできて、目の前の楽譜を演奏しているというよりは、音楽の中に自分も一緒にいて世界を体験しているような気分になるということ。

クラシックの作曲家が手がけた作品を演奏しているときにも、そういう体験をすることはあります。が、特に日本人同士だからということもあるのでしょうが、テーマになっている日本の文化をより深く理解できたり、イメージしやすくて、それがとても楽しい。聴きに来たお客さんもよく感想を言ってくださるのですが、やはりそういうシーンが浮かんだとか、世界に入り込んだという声をたくさんいただきますね。

フランスでお箏の曲を演奏したときに、聴いてくださっていた現地のおばあさんがやって来て、「源氏物語を思い出すわ」と。(世界共通に伝わる世界観が)すごい!と感じるし、そういうところが作品としていいなあと思います。日本人としての文化を体験したりイメージしたりできる楽しさがあるし、世界中の人とシェアできるのが、音楽の素晴らしいところですね。

――逆に研作さんは、自分の作品が初めて理恵さんの演奏で音になったとき、どんなことを思うのでしょうか?


K:演奏者に自分の音楽を理解してもらえるかどうかということが、いちばん重要な点だと思っています。その意味で初演にはとてもこだわりがあって、私は多くの人に自分の曲を演奏してもらいたいというよりは、自分のエッセンスが形として残ることに重きを置いていて。(これまで初演をお願いした)ジャック・ズーンさんしかり、ドリオ・ドワイヤーさんしかりですが、その世界観が演奏によく表れるんですね。譜面を自身のからだに入れて吹いてくださることで、ただ単に演奏するというのではない、奥に広がる世界や作品の深みが表に出てくる。いちばん近いところにいる清水理恵という演奏家だから、世界観が分かち合えるし、安心感もあるのだと思います。

R:2020年の公演では、加藤元章さんとのデュエット曲を初演して……


K:『フルートとアルト・フルートのためのアブサン』ね。アブサンというのは昔禁酒になり、飲むといろいろ問題が起こるかもしれない酒のことで。そのアブサンが登場する作品を読んだときに、「どんな匂いでどんな味だったのだろう……?」と思い浮かべ、香りのようなものが感じられるような音楽作品にしてみたいと思い立ちました。匂い立つような香り、それが消えていく様……それが音の世界で表現できたら、と。やはり(音楽の)世界観というのは、曲の題材が自分の思い描いた形になっていったときに、充実するものなのだと思います。

――邦人作曲家によるフルート作品は、武満・福島をはじめとする一つのジャンルにもなっていますが、研作さんの音楽のルーツや方向性、目指すところとは?


K:武満作品などに対してはもともと、大変生意気なのですが、否定的な考えを持っていました。おどろおどろしい感じがする音楽だな、と感じていましたし、自分(の世界観)とはちょっと違うかな、と。大学時代からアメリカに留学し、向こうでの生活が長かったこともあり、西洋人になったつもりでいたようなところもありました。だからなおさら、当時は日本的な音楽が好きではなかった。

でもある時、ティーチング・フェロー(註:大学で授業を担当する助手)をやらせてもらうようになり、受講生たちがみんなアメリカ人だということに気づいたんです。アメリカの大学だから当たり前なんですが、「なぜ僕はここにいるのだろう」とふと思い、自分は日本人なのにアメリカ人に講義をしている。自分の音楽にも、もしかしたらアイデンティティがなくなっているんじゃないだろうか……と急に不安に襲われたんですね。

その後日本に帰ることになったのですが、アメリカで学んだ時には日本を否定的に捉えていたものの、いざ帰ってきてみたら、自分は紛うことなく日本人であり、それを好ましく思っていた。そういうことを考えない世界にいたけれど、ある時気づいたら、それが自分にとって非常に大切なことになっていて――自分の音楽は、日本の美意識に根ざしたものを求めているのだと。とはいえ、武満さんや福島さんなど多くの邦人作曲家が目指したような音楽世界になっているかというと、時代も違いますし、少し違う。どちらかというと、コンピューターを使ったアルゴリズムで音の組み合わせを作るような音楽が好きで、音が空間にどう飛んでいくのかというようなことも重要な要素だと考えています。自然の中で笛を奏でている日本人のようなイメージ、私の音楽の系譜というか、大もとにあるのはそんなイメージなのかな、と思っています。複雑な音楽から戻ってきて、凝縮した自然の中の美意識を体現する音楽のようなもの。今は、そういう音楽をいちばんに書いていきたいと考えています。

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インタビュー後半(動画)

PROFILE

清水理恵(Fl) 

桐朋学園大学卒業後渡米。ボストン大学大学院にて当時のボストン交響楽団首席フルート奏者ドリオ・ドワイヤーに師事。同大学院修士課程修了。 在米中よりソリスト・室内楽奏者として幅広く活動する。帰国後「現代室内楽コンクール競楽II」第3位及びフォルテ・ミュージック賞受賞。フランス、アメリカ、中国の音楽祭やコンヴェンション、作曲家会議、大学等に招かれ、新曲初演やコンサート、マスタークラスなどを行う。 


2012~18年リサイタル・シリーズバッハ:無伴奏チェロ組曲に魅せられて」全6回を企画開催。2018年秋よりリサイタル・シリーズ第2弾「バッハ:ヴァイオリン・ソナタ&パルティータとともに」を始動した。2020年に開催したコンサート「邦人作品の歩み」では、加藤元章氏と共演、特定非営利活動法人映像産業振興機構より助成を受け、Veritas Music Channelにて動画配信を行う。 


また、ドルチェ・クラシックチャンネルにて、清水研作「日本の歌・世界の歌」PtFour(プラチナフルート4本のカルテット)、クーラウのデュオOp.10, 39, 80, 81 (共演:加藤元章)などを配信中。 


CD録音としては、「Three Water Colors」(チェロ:川上徹、ピアノ:鈴木美奈子)、清水研作作品集「海」(共演:清水信貴、時任和夫)、清水研作「日本の歌・世界の歌」(ピアノ:石橋尚子)などがある。 桐朋芸術短期大学及び新潟大学講師。中国綏化音楽院客員教授。ドルチェ・ミュージック・アカデミー講師。

清水研作(Composer)

新潟市生まれ。ボストンのハーバード大学大学院博士課程に特待生として招かれ博士号取得、作曲と音楽理論の講義を持つ。


1990年ヴィエニアフスキ国際作曲コンクールにて満場一致の優勝。96年フランス国立音響・音楽の探究と調整mp研究所(IRCAM)に招聘されコンピュータ音楽の研鑽を積む。


国内各地をはじめ、サントリーホール10周年記念、テレビ朝日開局55周年記念、日本フルート協会主催フルートコンヴェンション、ドイツのルール国際ピアノ・フェスティバル、ブレーメン音楽祭、イギリスのライデール音楽祭、オーストラリアのキャッスルメイン音楽祭、韓国の統営、フランスのトゥールーズ等、世界各地にて様々な作品が演奏されている。


2012年ドイツで初演された南西ドイツ・フィルハーモニー交響楽団委嘱による「レクイエム・フォー・フクシマ」、2019年ベルリン・フィルハーモニー室内楽ホールにて初演された、弦楽オーケストラのための「却来」等いずれも好評を博している。コンピュータを用いた新たな表現方法も追求している。新潟大学教授。 

https://kensakushimizu.com

CONCERT INFO.

【日時】2022年7月31日(日) 【第1部】14:00開演【第2部】16:00開演

【アーカイブ配信】終演の約1時間後 ~ 2022年8月28日(日) 19:00

【会場】パウエル・フルート・ジャパン アーティストサロン“Dolce”

【出演】清水理恵(Fl) 山本弥生(Pf)

【料金】●各部(入替)一般¥4,000/会員¥3,000/会員(学生)¥2,000

            ●(1部2部通し)一般¥6,000/会員¥5,000/会員(学生)¥3,000

PROGRAM

【第1部】

 

クロイツァー/フルート・ソナタ ト長調 Op.35(Fl.Pf.)

 

シューマン/お伽話の挿絵 Op.113(Fl.Pf.)

 

バッハ/無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ 第3番 ホ長調 BWV1006 (Fl.solo)

 


【第2部】

 

メンデルスゾーン/ロンド・カプリッチョーソ ホ長調 Op.14(Fl.Pf.)

 

シューマン/子供の情景 Op.15(Fl.Pf.)

 

清水研作/独奏フルートのためのパッサカリア《新曲初演》(Fl.solo)

 

メンデルスゾーン/ヴァイオリン・ソナタ ヘ短調 Op.4(Fl.Pf.)